VOICE〜ボイス 5

VOICE〜ボイス

寮で暮らしはじめて3年目。
門限を破るのは初めてだった。

いつもどんなに遅くなっても10時に間に合うように帰っていたし、それより遅くなるときは延長届けを出してから外出する。
そして、実家に帰省する時は前もって外泊届けを出してから行く。

そんな寮のルールを確実に守ってきたあたしなのに、そんな努力もこの人は一瞬でかき乱す。

強引に門限を破らされたあたしは、寮から一番近いファミレスにいた。
ガヤガヤした店内の中、コーヒーを目の前に険悪なムードで見つめあうあたしたち。

その静寂を破ったのは……道明寺だった。

「牧野……悪かった。」

この人は何に対して謝ってるんだろう、そう考えながら無言のままのあたしに、

「悪かったよ。」
と、もう一度謝る道明寺。

「何がよ。」

「…………まじぃ。」
あたしの質問に答えるのかと思いきや、ファミレスのコーヒーに文句を言うこいつ。

「250円でお代わり自由のコーヒに文句を言うな。」
そう言って、ガブリと一口飲むあたしに、

「……プッ……相変わらず色気ねぇーな。」
と笑いながら、小さく
「安心した。」
と呟いた。

そして、急に真剣な顔をあたしに向けると、
「牧野、色々事情があって連絡できなくて悪かった。
もうNYにはとうぶん行かねぇと思うから、これからはおまえのそばにいる。
…………許してくれ。」
そう言ってあたしに少しだけ頭を下げる道明寺。

この俺様男が「許してくれ。」なんて言いながら頭を下げるなんて真夏に大雪が降ってもおかしくない珍事。
それなのに、あたしの心は妙に冷静で、

「許すも何も、別にあんたが頭を下げるようなことは何もない。」
なんて、可愛くない言葉が、口から出てくる。
けど、これが今のあたしの本音。

「牧野、あいつとはどんな関係だよ。」

「……あいつ?」

「さっきの男。」

あー、伊藤くんのことか…………。

「だから、同じ学部の友達。」

「おまえに惚れてる訳じゃねーよな?」

「はぁ?バカじゃないの!
どうしたらすぐにそんな発想になるのよっ。」
このクルクルパーの思考回路が理解できなくて呆れるあたしに、さらにバカが炸裂する。

「おまえはあいつに、変な恋愛感情持ったりしてねーよな?」

ここまで来たら重症だわこの男。
そう思いながら黙っていると、

「携帯、電源入れろ。」
と怖い顔で言ってくる。

「は?」

「俺がおまえに渡した俺専用の携帯。
ずっと電源切れたままだろ。」

「……あの携帯なら捨てたよ。」
我ながら意地悪だと思うけど、止まらない。

「あ?なんで捨てんだよっ。
日本に帰ってくる前に何度も電話したんだぞ。」

この男は、全然分かってない。
あの携帯がどんなにあたしを惨めにさせたか。
あの携帯がどんなにあたしを寂しくさせたか。

「……道明寺。
あの携帯はいつも一方通行だよね。」

「……あ?」

「あんたが話したいときには繋がるようにしておかなくちゃいけないのに、
あたしが話したいときには、いつも繋がらない。
……だから捨てたの。
あたしにはなんの意味もないものだから。」

本当に声が聞きたかった時には、いつも繋がらなかったあの携帯。
その携帯に電源を入れなくなってどれくらいたっただろう。

あたしの言葉になぜか痛そうな顔をした道明寺が、突然立ち上がり、何をするのかと思ったら、
いきなり正面に座るあたしのところに来て隣に座りこんだ。

「ちょっ、なに?」
驚いて大きな声が出るあたしに、
ポケットから何かを取り出して、

「左手、いや、右手出せ。」
そう言ってくる。

「はぁ?」
訳がわからず聞き返すあたし。
それをじれったそうに見つめたあと、あたしの右腕を持ち上げて、その手首に何かを付けた。

「ど、道明寺っ?」

「サイズぴったりだな。」
そう言って嬉しそうに笑う道明寺が、あたしの手首につけたものは、華奢なシルエットにひとつだけ光る石がデザインされた……ブレスレット。

「なにこれ。」

「ブレスレット。」

「いや、そうじゃなくて、」

「オーダーで作らせた世界にひとつだけのブレスレット。」

「だから、そうじゃなくてっ!
なんであたしに着けるのよ。」
そう言いながらそのブレスレットを外そうとしてみるけど、なかなか外せない。
右手に付けられたから、左手で上手く金具が外せないのだ。
今更ながら、右手に付けたこいつの作戦がジワジワと効いてくる。

「外してよ。」

「やだね。」

「外せっ。」

「だめだ。」
勝ち誇った顔であたしのコーヒーに口をつけるこいつを睨み付けて、
強引に左手でブレスレットを引っ張ってみる。

すると、そんなあたしに、道明寺が言った。

「そのブレスレット、300万だから。
壊したら弁償な。」

その一言で、ピタリと固まるあたし。
300万って…………。
こいつなら、…………やりかねない。

まんまとこいつの手のひらで転がされてるのが悔しくて、隣に座る道明寺の膝を思いっきり蹴ってやった。

「いってぇー。」
そう言いながらもなぜか嬉しそうな道明寺。

そして、そんな道明寺が真剣な顔で言った。

「牧野、約束してくれ。
何があってもこのブレスレットは外すな。」

その恐いくらい真剣な道明寺の顔が、
何かに怯えているようで、
なぜだか、それ以上文句が言えなかった。

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