ガチャガチャ……ゴトゴト……。
ドンッ……バタバタ…………。
「今日はまた、随分落ち着きがないね。」
「…………ごめん。」
ペンケースからこぼれ落ちた3本のペンを拾おうとして、教科書まで落とす二次損害。
それを見て、ため息をつきながら落ち着きがないと言う伊藤くんに、申し訳なくて謝るしかないあたし。
今日一日のあたしは、朝からこんな感じ。
寝癖を直そうとしてドライヤーでおでこを軽く火傷したり、寮の食堂でグラスをひっくり返してお水をこぼしたり、出掛けようとして履いた靴が左右違うものだったり。
「なんかあった?」
「ん?」
「なんか心ここにあらずだね。」
そう言いながらあたしの顔を覗き込んでくる彼。
その顔は真剣なのに、どこか興味の無さそうな無表情で、それがかえってあたしを安心させる。
彼、伊藤くんとは大学で知り合って同じ学部の同級生。
エリート集団の英徳の中で唯一気心知れたあたしの友達。
家は有名な弁護士事務所をしているらしく、お金持ちのボンボンなのに、気取った態度は一切なく、いつも自然体。
どこか、花沢類を思わせる雰囲気だけど、花沢類のようなほわんわかしかタイプではなく、物事をはっきり言うタイプの人間。
だからか、誤解も受けやすい彼だけど、あたしはそんな伊藤くんの潔い性格に尊敬と羨望の目を向けている。
「なんか心配事?」
「えっ?……いや……別に。」
「そう、ならいいけど。
朝から一人でドタバタやってるから気になっただけ。」
「ごめん。」
もう一度謝るあたしに、
「謝んなくていい。……面白かったから。」
と、ぶっきらぼうに言ってくれる。
そんな会話をした後、時間通り講義がはじまり頭はやっと少しだけ『あのこと』から解放された。
『道明寺が帰ってくる。』
もう終わったはずのあたしたちには、なんの関係もない事だけど、それでもあいつが帰ってくるのは、それなりに気になる。
未練?
悔しさ?
憎み?
ううん。全部違う気がする。
音信不通になって、そのあとNYで玉砕して、あたしは自分の気持ちにひとつの区切りをつけた。
道明寺とは、…………リセットしよう。
だから、大丈夫。
ちゃんと、笑って言える。
『元気だった?』
って。
いつの間にか講義が終わって、周りはバタバタと移動し始めている。
隣にいる伊藤くんも鞄に教科書をしまっていて、あたしも慌てて身支度をしていると、
「相変わらず、一緒なの?」
と、久しぶりに聞く声がする。
「っ!花沢類っ。」
「よっ、牧野。
伊藤くんだっけ?どーも。」
「…………。」
花沢類の言葉に無言で伊藤くんも軽く頭を下げる。
「どうしたの?花沢類。」
「あー、久しぶりに牧野元気かな~と思って。」
「プッ……そんな理由?
相変わらず元気ですよ。貧乏暇なし。」
「まだ貧乏なの?」
軽く言ったジョークもこの人には通じないらしい。
「花沢類、あたしこれからもうひとつ講義取ってるから行かなくちゃ。
後でどこかで待ち合わせる?」
そう言うあたしに、少しだけ考えた後、
「いや、眠いから帰るわ。」
そう言ったままなぜかじっとあたしを見つめる。
「花沢類?」
心配になって声をかけると、彼は真剣な顔で言った。
「牧野、…………来週、司帰ってくるって。」
花沢類が去った後、
何事もなかったかのように次の講義室へ移動しようとするあたしに、
「原因はそれかぁー。」
と伊藤くんが呟いた。
「……えっ?なんか言った?」
聞き取れなくて聞き返すあたしに、
今度は確実に聞こえる声で
「なんか、嵐が来そうだね。」
と彼は意味深に笑った。
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