二人とも無言のまま歩き続け、表通りから脇道に入ったところで牧野が口を開いた。
「いつ帰ってきたの?」
「今日だ。」
「そうなんだ。知らせてくれればよかったのに。仕事で?」
「いや。
…………さっきのあいつ誰だよ。」
「あー、さっきの人?バイト先の先輩。」
「ずいぶん親しそうだったな。」
「そう?お世話になったから。」
そう話す牧野は、何かを思い出してるのか少し微笑んでいて、俺はそれに無性に腹が立つ。
「あいつと付き合ってるのか?」
「えっ!違う、違う違うっ。そういう仲じゃないよ。」
必死で否定する牧野。
「おまえは、そういう仲じゃないやつとでも手を繋ぐのかよ。」
「…………手?」
「ああ、さっき手繋いでただろ。」
一瞬ポカンとしてた牧野だが、すぐに何を言われたのかを理解したようで、
「あれは、手を繋いだんじゃなくて、手を握ったのっ。握手っ!もぉー、相変わらずバカなんだから。ちゃんと見てた?お互い右手を握りあってたでしょ?どう考えたって恋人がそんな手の繋ぎかたしないでしょ。」
呆れたように言うこいつ。
「うるせー、っつーか、なんでおまえまだバイトしてんだよっ!
もうバイトは完全にやめて勉強に打ち込むって言ってなかったか?」
「いや、そのぉー…………ちょっと事情があってこの時期だけバイトしてたの。」
「事情?なんだよそれ。」
「…………ナイショ。」
「あー、どうせろくでもない事情だろ。
さっきのやつが誘ったからか?
ったく、相変わらずフラフラしやがって。
ふしだらな女だなおまえは。」
「ちょっと!何よその言い方っ!
あたしがいつフラフラしたっていうのよっ。
あんたにだけはそんなこと言われたくないっ!」
「あ?おまえは俺がフラフラしてるって言いたいのかよっ!いつだよ、いつしたか言ってみろよ」
「もういい!もう知らないっ!」
気が付けば、牧野のマンションの前まで来てた。
四年ぶりに会って言いたかったことは、
…………こんな言葉じゃなかったはずだ。
会って抱きしめて「おめでとう」と伝えたかったはずなのに、
実際は、こいつの顔すらまともに見ていない。
「……あたし、もう行くね。」
「……おう。」
お互い背中を向けて歩き出す俺たちは、
やっぱりもう無理なのか。
俺は牧野と別れてさっき来た道を一人歩く。
もう目の前は大通りで手を上げればすぐにでもタクシーをとめられる。
だが、歩みを進めれば進めるほど、胸が苦しくて切なくて…………あいつに会いたくて堪らない。
どうしたって、このまま帰ることなんて出来ねぇはずなのに。
そう思った俺は、牧野のマンションに向けて走り出した。
あいつが怒っていようが殴ってこようが構わねぇ。
俺はあいつに伝えたいことがあるんだよ。
だから、だからもう一度…………、
そう思って全速力で走る俺の目線の先に、
脇道の暗い電灯でもわかる、こっちに駆けてくる牧野の姿が写った。
「牧野っ!」
「っ、道明寺!」
俺は走ってきた牧野を腕に抱き止める。
「帰っ……ちゃっ……たかと……思った。
ご……めん。んっ、うっ…………ごめんね。」
「おまえっ、…………泣いてんのか?」
首をブンブン振っているが確かにこいつは泣いていた。
「道明寺、あたし、……んっ……受かったよ。」
俺の胸に抱きついて、ギュッと体を寄せながら言う牧野。
「ああ、知ってる。」
そんな牧野の頭を撫でながら優しく返す俺。
「頑張ったんだから。」
「ああ、知ってる。」
「ほんと、すごく頑張ったんだから。」
「ああ。」
駄々っ子みたいに言ってくるこいつが無茶苦茶かわいくて、抱きしめる腕に力を入れる。
「でも、3年もかかっちゃった。ごめんね。」
「ああ、すげー長かった。
待って待って待ちくたびれた。
…………だから、もう待ったはなしだ。
約束だよな?受かったら俺とちゃんと恋愛するって。」
返事の代わりに、俺にギュッと抱きつく牧野。
「いつむこうに帰るの?」
そう言って、やっと俺の方を向いた牧野は、赤い目をして心配そうに聞いてきた。
「4年も待ったんだ。
少しぐらい恋人らしいことさせろ。」
四年ぶりのキスは甘くて俺の全身をトロトロに溶かしていく。
そう、これが最高の蜜の味。

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