ボロいアパートの前。
昔よりは良くなったが、相変わらず貧乏は変わらねぇらしい。
両親は牧野の高校卒業とともに、田舎に戻って働きはじめ、弟は都内の全寮制高校に入っている。
ということは、牧野は今は独り暮らしだ。
10時を過ぎたこの時間、さすがに部屋に居るだろう。
牧野の部屋の前で立ち止まると、一つ大きく息を吐く。
咄嗟に走り出したはいいが、牧野に会って何を話すかなんて考えてなかった。
ただ、顔が見れればいい。
ふぅーーー。
ピンポーン。
「…………はい?」
小さいが確かに牧野の声。
「牧野、…………俺だ。」
「…………。」
「話がある。開けろ。」
「道明寺?…………なに話って?」
いつもとなにか違う牧野の声。
なんか食ってんのか?
「このまま話すのかよっ。いいから開けろ。」
すると、薄くドアが開いた。
すげー警戒した顔で俺を見る牧野は、部屋着なのかトレーナーとショートパンツ姿。
そのスラッと伸びた脚を見ただけで胸が鳴るってどんだけなんだよ。
でも、視線を上に向けると、手にはなぜか
……ハブラシ。
口許にもうっすら歯みがき粉がついている。
「……まずは歯みがき済ませてこい。」
「……うん。」
こいつに会ったら第一声はどんなことを話そうか……そんな妄想はしなくてよかった。
まさか、歯みがきしてこい、なんてどんな再会だ。
パタパタと部屋のなかに消えていった牧野を眺めていた俺も、玄関で靴を脱ぐ。
部屋は牧野らしく綺麗に片付けてあり、ローテーブルにはいくつもの本とノートが広げられている。
洗面所らしいドアから水が流れる音が止まったあと、タオルを口にあて、あわてて出てくる牧野。
「わっ、びっくりした!
なんで、勝手に部屋に入ってんのよっ!」
ローテーブルの横に胡座をかいて座る俺を見て、でけー声をあげるこいつ。
「さみーから入ってきた。」
「入ってきたってあんた…………。
今、何時だと思ってんの!
…………道明寺、……それどうしたの?」
怒ってたかと思いきや、急に俺の顔を見て近付いてくる。
「あ?」
何を聞かれたか分からねぇ俺。
それを無視して牧野は俺の正面に座り、俺の顔に手を伸ばしてきた。
「血?……口が切れてる。」
さっき類に殴られたところを言ってんだろう。
そっと俺の唇を触る牧野に背筋がゾワッとする。
「牧野、思い出した。」
「……え?」
「全部、思い出した。」
「…………。」
「記憶が戻ったんだよ。」
俺が発したその言葉に牧野は固まった。
そして、次の瞬間、パッと俺の側から離れた。
「なんだよ。」
不機嫌な声が出る。
「よ、よ、よかったね。そうなんだぁー。
なんで?え、なんで?どうして思い出したの?
また頭強く打ったとか?
あっ、誰かに殴られて思い出した?
それって、すごいねー、そんな荒治療があったんだぁー、へぇー、それはすごいよ。」
俺から視線を反らしたままペラペラ喋る牧野。
「牧野。」
俺は優しく呼び掛ける。
「それで、こんな時間に伝えに来てくれたわけ?あ、ありがと。
みんなには伝えた?
びっくりしてたでしょ。急にこんなことってあるんだねー、ほんとびっくりっ、」
「牧野っ。」
その俺の声にビクッと肩を震わせてやっと黙ったこいつ。
「牧野、こっち向けよ。」
「……やだ。」
「向け。」
「…………。」
それでも固まってるこいつに、俺はそっと手を伸ばした。
「ごめん。ほんとごめん牧野。」
そう言いながら、1年半ぶりに抱き締める体。
牧野の匂い、柔らかさ、ぬくもり、
そのどれもが俺を満たしていく。
でも、こいつは何も言わずに黙ったまま……。
そして、
「道明寺……とりあえず今日は帰って。
あたし、頭が混乱してて……。
今は無理みたいなの…………。」
そう言って俺の腕のなか器用に上目使いで訴える牧野に、眠ってた本能が動きだしちまった。
ちょうど俺の方を向いていた牧野に、襲いかかるように俺は唇を重ねた。
「んっ……や、……道明寺っ。」
抗議の声を漏らすため開かれたはずの唇に、舌を入り込ませ口内を掻き回しながら、牧野から溢れでる唾液を吸いとっていく。
しっかりとホールドされた俺の腕の中から、なんとか逃げ出そうと牧野が動くたび、その柔らかな体が俺に刺激を与え、興奮が増していった。
そして、俺はそのまま牧野を押し倒した。
執拗なキスを繰り返しながら、手は服の上から膨らみをとらえていく。
記憶をなくす前は、この辺までは許された関係だった俺たち。
二人きりになればキスをして、服の中に手を差し入れて何度もブラの金具を外した覚えがある。
その記憶が甦ってきて止まらない。
このまま最後まで…………。
そう思ったとき、
「うっ………ん……うっうっ。」
牧野が両腕を交差させるようにして顔を隠し、………泣きはじめた。
「牧野っ。」
俺はその両腕を取り、牧野の顔を見ると、両目から涙が溢れていく。
「わりぃ。ごめんな。
ごめん、泣くな。」
咄嗟に子供をあやすように頭をよしよししてやる俺。
「嫌だったか?ほんとごめん。
もうしねーから泣くな。」
「……バカ、バカ、バカっ。
あんた、全然記憶戻ってない。」
泣きながら首をイヤイヤと振る牧野。
「あんたにとってはもう普通のことかもしれないけど、あたしにとってはこういうことは…………まだ…………。
エッチがしたいなら、彼女のあずささんがいるでしょっ!
帰って……帰ってバカ!」
俺の体の下で、でけー目で俺を睨みながら言う牧野。
「わかった、わかったから睨むなって。
おまえさ、完全に誤解してるし、誤解させるような態度を取ったのは俺だから謝るけどよ、
佐々倉とはそんな関係じゃねーよ。
エッチなんてしてねーし、いやキスだって、手だって繋いだことねーよ。」
「嘘つくなバカ。」
「嘘じゃねーって。俺が信用できねーか?」
「あんたのどこを信用できると思ってんの?」
確かに返す言葉が見つからない。
「あたし、…………見たもん。
あんたとあずささんが…………。」
そこまで言って、またジワッと涙を溜める牧野がすげー可愛くて、俺は懲りずに軽くチュッと唇にキスをする。
「やっ!」
「あれは芝居だ。
おまえに見せつけるためにそういう芝居をしただけだ。」
「信用できないっ。」
「嘘じゃねーって。
もし俺が嘘ついてたらボコボコにしていいぞ。
いつでもおまえのサンドバックになってやる。」
「そういうの、全然嬉しくないし……。」
こうやってこの距離で話す俺らは1年半前に戻ったようだ。
可愛くねえことばっかり言いやがるこいつは、俺にとって誰よりも可愛い存在。
「なぁ、おまえは言ってくれねーの?
おかえりって。」
「言うかバカっ!
はやくこの体勢からどけてよっ。
住居侵入罪と強姦罪で訴えるわよっ。」
「勉強しすぎなんだよ、おまえは。
少しは息抜きしようぜ。」
そう言って牧野にキスしようとした俺に、
とんでもない発言をかましたこいつ。
「あたし決めたの。
司法試験に受かるまで、恋愛はしないって。
だから、道明寺も邪魔しないでね。」
司法試験に受かるまでって、どんだけ時間があると思ってんだよ。
それに、おまえの頭を疑ってるわけじゃねーけど、受からないってことだってあるんだぞ。
けど、すげー嫌な予感だけはする。
確か、類も言ってたよな。
頑固なおまえは、一度決めた考えは曲げねーんだよ。
それが、恋愛って…………。
おまえがその期間、恋愛しないってことは、必然的に俺も出来ねえってことだろ?
だって、俺の相手はおまえしかいねーから。
にほんブログ村
↑ランキングに参加しています。応援お願いしまーす♡
コメント