約束通り、類の家に来た俺。
久しぶりに訪れたそこは、懐かしい香りがした。
昔、この屋敷でF4とかくれんぼをしたり、カードゲームをした記憶が甦ってくる。
今日、もしかしたら俺たちの関係は変わるかもしれねえ。
この屋敷に招かれるのも最後かもしれねえ。
そう思うと、目の奥が熱くなってくるのがわかった。
トントン
「類、俺だ。」
「入って。」
いつも通りの類の声。
類の部屋の扉を開けると、白を基調としたインテリアの真ん中に、白のジーンズとセーターを着た類が立っていた。
「司、遅かったね。」
「ああ。わりぃ、……佐々倉と会ってた。」
「それで?決着はついたの?」
「俺の気持ちは伝えた。」
「そっかぁ。司の気持ちね……。」
「類。おまえの返事を聞きに来た。
俺は昨日話した通り、牧野を諦めることは出来ねぇ。
もし類もそうなら、……俺たち戦うしかねぇ。」
そこまで言ったとき、類が俺に近付いてきた。
「司、昨日同じリングに立ちたいって言ったでしょ。」
「ああ。」
「俺は嫌なんだよね。」
「類っ!」
「だから、フライングだけどさせてもらうよ。」
類の言ってる意味を理解できない俺に、不意打ちに右頬に1発衝撃が走った。
「いってぇーっ。」
右頬を殴られた俺は、その勢いで床に膝をつく。
唇の端が切れたのか、白い床に真っ赤な血痕が丸く模様を付けていった。
「司、俺はリングになんて立たないよ。
痛いの嫌いだし、決闘なんてカッコ悪いでしょ。
そもそも、なんで俺と司が戦うの?
俺、司に決闘申し込まれるようなことした覚えはないけど。」
そう言って、殴った手を擦りながら話す類は、いつものオフ状態の類だった。
「類……、おまえ牧野と……。」
付き合ってんだろ?そう聞こうとした俺に、
「まだ勘違いしてるみたいだから、あきらからも説明してやって!」
いきなりでけー声で話し出す類。
その言葉に、奥の部屋からあいつらが出てきた。
「いやー、類のパンチも意外と効くなー。」
「俺なら、もう少しボコボコにしてやるのに。」
好き勝手なことを話ながら、類とハイタッチをするお祭りコンビ。
「てめぇーら、どういうことだよっ!」
やつらの声をか消すように怒鳴った俺に、
一斉に振り向いて奴らが言った。
「おかえり、司。おせーんだよっ。」
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:
:
「それにしても、記憶をなくしたおまえは酷かったなぁ。」
類の部屋のソファにいつもの配置で座った俺らは、使用人が用意してくれた酒やワインで久しぶりに乾杯をした。
次々と料理やワインが運ばれてくるのを見ると、類が事前に用意させていたんだろうと胸が熱くなる。
「ところで、佐々倉とはどうなった?」
乾杯のあと、真面目な顔であきらが切り出した。
「別れたいって伝えた。」
「あいつはなんて?」
「はっきりとした返事は聞けてねぇけど、分かってくれたとは思う。」
そう言いながら、さっきのあずさの涙を思い出す。
「あいつも可哀想だな。
記憶を取り戻したら、すぐに捨てられるとは。
でも、もっと遅かったら大変なことになってたぞ。
佐々倉と結婚でもしてたら、別れられなかったはずだし、牧野も誰かのもんになってたかもしれねーしな。
まぁ、この1年半、子供とか作ってなくてよかったな。それが一番心配だったよ、俺らは。
なぁ、あきら。」
そう言ってにやっと笑う総二郎に、
「うるせー、作るわけねーだろ。」
俺はそう言ってグラスを一気にあけた。
「でも、実際佐々倉がその気だったらどうにでもなってたかもしれねーんだぞ。
子供が出来るように細工することなんて、女でも簡単だ。」
あきらの心配げな声が響くが、
「細工も何も、服すら脱いでねーっつーのに、どうやったらガキができんだよ。」
そう言ってやる俺。
その俺の言葉に、3人の動きが完全に止まった。
「いやいや、ちょっと待てよ。
えっ?ん?司くん?」
「あ?なんだよ気持ちわりぃーなっ。」
「司、もしかして、佐々倉とはプラトニックか?」
「あ?プ、プ、」
「プラトニックだよっ!」
3人の声が重なった。
「おまえ、まさか佐々倉とはヤッてねーの?」
「ああ。そんな仲じゃねーよ。」
「はぁーーー、マジかよ。
ますます佐々倉が気の毒だなっ。
司さー、おまえには女を抱きたいっつー欲求はねーのかよ。
佐々倉ほどの女は滅多にいねーよ。
どうやったら、1年半もプラトニックでいられるんだよ。
マジで、理解できねーわ。」
そう言って総二郎がソファにふんぞり返る。
「うるせーなっ。
俺の方が聞きてーよ。」
俺も不貞腐れて言い返す。
「やっぱ、司はさー、記憶をなくしても牧野にしか反応しないんじゃない?
牧野に対しては猛獣のように襲いかかるくせに、他の女には全く興味ないんだもんね。」
俺と総二郎のやり取りを聞いていた類が、ボソッと呟いた。
俺はそんな類の顔をじっと見る。
これを聞いたからって、俺の気持ちは変わらねぇとは思ってるが、本人から聞くのは相当勇気がいる。
けど、聞くしかねぇ。
「類、おまえと牧野はどこまでの関係だ?」
俺の質問に、さすがのお祭りコンビも息を飲む。
「関係?んー、牧野の体のことについては詳しいかな俺。」
平然と言う類に、
「類っ!」
あきらが止めにはいる。
「いいんだ、あきら。……覚悟してたから。」
俺は深く息を吐いた。
すると、
「牧野の腰のストレッチにはいつも付き合ってるからね、俺。
牧野の体については専属トレーナーみたいなもんかな。
牧野さー、俺には全然警戒心ないの。
温泉のときもすんなり牧野の部屋に入れてくれるし、ストレッチを教えてあげてもいい声出すしね。
男って意識がないんだろうね俺には。
これが司なら、警戒しまくりで近付くのも許されないだろうなー。」
好物のリンゴをかじりながら話す類。
「類っ、おまえと牧野は、」
「ずっと前からと・も・だ・ちだよ。
司が心配してるようなことは一切ない。
まぁ、牧野がその気になれば俺はいつでも、」
「サンキュっ、類!
わりぃ、俺、行くわ!」
類の話を聞いて、俺は無性にあの女に会いたくて堪らない。
避けられても、嫌われてもいい。
もう一度、好きだと伝えたい。

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