限りなくゼロ 12

限りなくゼロ

「司、何してるの?」

静寂を破って聞こえたものは冷ややかな類の声だった。

「牧野になんか用?」

「…………類、話がある。」

もう逃げられない。

「わかった。むこうで聞くよ。」

そう言って類は自習室の外の廊下を示す。

類のあとについて俺も自習室を出たところで、
「類、わりぃ。
…………俺、記憶が戻った。」
そう言った俺に、

「うん。知ってた。」
そう言って振り向いた類。

「っ!なんでっ。」

「司のこと見てればわかるよ。
温泉のときには戻ってたんだろ?」

「ああ。わりぃ。」

「司、さっきから謝ってるけど、それって何に対して?
記憶が戻ったことを黙ってたから?
それとも、」
まっすぐに見つめる類に、俺も半端なことは言えねえ。

「牧野のことだ。
記憶が戻って、今までのこと全部後悔してる。
俺は、今でも、」

「司っ!おまえにそれ以上言う資格があるのか!
牧野を振り回すのも大概にしろっ!」

類の言う通りだ。
それはわかってる。
でも、どうしても……俺はあいつが欲しい。
久しぶりに牧野を近くで感じて、込み上げる想いを抑えることが出来ない自分がいた。
あずさには全く抱かなかったその感情が、愛だと今なら確信できる。

あいつのためなら、見栄もプライドもすべて捨ててもいい。
そして、大事なダチを失うのなら、せめてありったけの誠意で謝りたい。

俺は暗く冷たい廊下に膝をついた。
「類、ほんとに悪かった。
おまえのためなら牧野を手放そうかと思ったが、どうしても出来そうにない。
あいつは俺にとって運命の女だ。
だから、もう一度チャンスをくれ。
あいつにとって俺はもう過去の男かもしれねぇけど、せめて同じリングにもう一度立たせてくれ。
頼む、類。」

人に頭を下げることを知らない俺が、膝をつき深く頭を垂れた。

「すぐには返事できないね。
司、明日、俺の部屋に来てくれる?
そこで返事する。」

そう言って牧野のいる自習室に消えた類。

次の日、類の部屋に行く前に、あずさと会う約束をした。
二人きりで会うことを躊躇った俺は、外で会おうと連絡したが、邸に行くと言ってそのまま電話を切られた。

夕食を過ぎた頃、あずさがやって来た。

「遅くなってごめん。
おいしいワイン持ってきたけど、一緒にどう?」
そう言って、赤ワインを見せるあずさ。

「いや、いい。
このあと行くとこがあるから。」

「出掛けるの?どこに?」

「…………。」

「牧野さんのとこ?」

「ちげーよ。類のとこだ。」

「類くんのとこ…………そうなんだ。
あたしも一緒に行っちゃおうかな~。」
そう言ってあずさはおどけてソファに座った。

「佐々倉、おまえときちんと話がしたい。
おまえには悪いと思ってるが、別れたい。
記憶が戻った俺は、やっぱり牧野のことが好きなんだ。
あいつが類の女でも、俺を過去の男と思っていても構わねぇ。
もう一度、手に入れたい。
だから、俺と……別れてくれ。」

そう言って、隣に座るあずさに軽く頭を下げたとき、突然強い力で肩を押された。
予期してなかったことで、咄嗟に反応が遅れた俺は、背中をソファに押し付けられるような体勢になり、その上にあずさが体を預けてくる。

「っ!」

「司、いいことしよ?」
更に体を密着させるあずさに、

「やめろ。」
俺は低い声で威嚇する。

「司には、こういう欲求はないの?
あたしたち、もう付き合ってだいぶ経つんだから、そろそろそういうことしてもいいんじゃない?
あたしはいつでもいいんだけどな~。」

「おまえとそういうことをするつもりはねえ。」

「なんでよっ、付き合ってるなら自然なことでしょ。」

「…………ああ。好きなら自然なことだし、俺も男だから抑えがきかねぇはずだ。」

「じゃあ、なんでっ、」

「佐々倉、それが答えなんだよ。」

「…………。」

「俺はおまえと何年一緒にいても、たぶん手は出さねぇ。
でも、あいつは違う。
俺は牧野といると、自分を抑えるのに必死なんだよ。少しでも気を抜くと、男の本能が出ちまう。

佐々倉、俺とおまえは男と女にはなれねぇよ。
ごめんな。もっと早く言ってやればよかったな。
ごめん。」

目に涙を溜めたあずさが、ゆっくりと俺から離れていく。
そして、何も言わずに、部屋を出ていった。

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