結局、俺は弱虫だ。
温泉でのあの一件依頼、大学にもほとんど顔を出さずに邸にこもっていた。
あの日も、どうしてもあのまま奴らと夕食を取る気分にはなれなくて、あきらにメールだけを残して温泉宿をあとにした俺。
どんなに平静を装っても、あんな声を聞かされた後に牧野に会うのは辛かった。
「坊っちゃん、今日もサボリですか?」
昼飯も食わずに部屋にいる俺にタマが声をかけてきた。
「ああ。サボリだ。」
「あらま、開き直って。
何か考え事ですか。
……佐々倉様が門のところまで来ているそうです。お入れしてよろしいですね。」
そのタマの言葉に俺は少しだけ考えたが、
「ああ、通してくれ。」
そう言って、一つ大きく息を吐いた。
「佐々倉、俺……記憶が戻った。」
大学に顔を出さなくなった俺を心配して様子を見に来たあずさに俺は直球で言葉をぶつけた。
それを聞いたあずさは、俺の顔をじっと見つめて、持っていたティーカップをゆっくりとテーブルにおいた。
「それで?」
うっすら笑みを浮かべながら俺を覗き見るあずさ。
「だから、全部思い出したんだ。
…………牧野のことも。」
「そう。だから?
司が思い出したからって何か問題ある?
もう、昔の事でしょ。」
まっすぐに俺を見つめて言い切る所は、気の強い性格がもろに出ている。
「俺にとってはそうじゃねぇ。
記憶を取り戻した俺は、やっぱりあいつが好きで、1年前と何にも変わっちゃいねーんだよ。」
「ふふふ……。
それは、司にとってはでしょ?」
冷たく笑ったあずさは再びティーカップに手を伸ばす。
「どういう意味だ?」
「司、あなたは止まっていた記憶がよみがえって1年前に戻ったかもしれないけど、あたしたちは違うの。
牧野さんもそう。
もう、彼女には司は過去の人よ。
類くんっていう新しい彼氏もいるし、子供じゃないんだから大人の付き合いをしているはず。
たとえ、牧野さんが司のところに戻ったとしても、あなた耐えられる?
自分の親友と寝た女。
彼女を抱く度に思い出すわ。類くんの顔を。」
「うるせーっ!」
「司も記憶が戻って混乱してるだけ。
少し落ち着いて考えてみて。
あたしも彼女としていつでも力になるわ。」
そう言い残して部屋を出ていくあずさ。
残された俺は、今言われた台詞が何度も頭をリピートする。
『耐えられる?親友と寝た女。』
自業自得だ。
すべて俺が招いた結果だ。
それはわかってる。
分かっているけど、
その事実は俺にとって
あまりにも辛すぎた。

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