俺には大切な人がいる。
恋だの愛だの、そんな単純な言葉では言い表すことが出来ないほど、
そう、彼女が言うように、
『体の一部』という表現が一番適切かもしれないと思うほど、俺の中での存在感が大きい彼女。
「花沢類」
そう呼ぶ牧野の声は自然と俺を癒す魔法の響きだ。
でも、そんな俺にとって牧野以上に大切な奴らがいる。
それは、幼少期から長年つるんできた親友、いや悪友とも言えるF4のメンバー。
中でも、司は特別だ。
あの乱暴な言動とは裏腹に、いつも冷静にそしてわかりづらい優しさで俺らをまとめてきたあいつは、文字どおり頼りになる俺らのリーダーだ。
だから、はじめから勝負をするつもりなんてなかった。
勝算は分かりきっていたから。
牧野を司と取り合った時期もあったけど、あの時でさえ心の奥底では分かっていた。
敵うはずがない。
俺の入る余地なんてないってことを。
いつだって、牧野には司で、司には牧野だったはずなのに、
あの事故で司のバカは牧野のことをすっぽりと無かったことにした。
しかも、牧野への当て付けのように他の女を側においた。
この1年半、どれだけ牧野を泣かせたと思ってんだよ。
どんな酷い言葉と態度で接したんだよ。
俺は怒りがおさまらなかった。
だから、これは司への俺からの
復讐だからね。
あの日、カフェテリアに司が来たときから、なんとなく違和感があった。
それが何なのかは初めは分からなかったが、
司の言葉でピンときた。
「紅茶を頼む。」
滋に飲み物を聞かれた司が、何の迷いもなく紅茶を選んだ。
昔から司はコーヒー派だった。
一口飲めば、豆の生産地を当てることが出来るくらい精通している。
でも、牧野と付き合うようになってからほとんどコーヒーを飲まなくなった。
それは、牧野がコーヒーが苦手だから。
「別に牧野に飲めって言ってる訳じゃねーんだから、司が飲んだって構わねぇだろ。」
あるとき総二郎がその疑問をぶつけると、
「まぁ、そうだけど。いろいろな…………」
そう言って口ごもる司。
そこで俺が核心をついて言ってやる。
「牧野のことだから、キスするときコーヒーの味がするとかって言ってるんじゃない?」
それに照れたように優しく笑う司。
その司が、事故を機にまたコーヒー派に戻った。
カフェテリアのコーヒーが不味いといって、豆を替えさせたくらい逆戻りしていたはずなのに、
あの日、何の迷いもなく紅茶を頼む司を見て、
俺は思った。
やっと帰ってきたな、司。
遅いんだよ。バカ。
牧野のことを俺に任せるって言い放ったことは忘れてないよね?
簡単に返すつもりはないよ。
牧野が味わった分の復讐はさせてもらう。
温泉での夕食の待ち合わせが7時だってことは分かってた。
俺と牧野が姿を見せなければ、必ず司が来るとも確信してた。
だから俺は少しだけ意地悪をした。
腰を痛めてる牧野に、腰痛にきくストレッチを覚えてきたから教えてあげると言って部屋に上がり込み、夕食の時間ギリギリまで実践してやった。
畳の部屋に横になり、片足を折り曲げ胸まで持っていく。
そして、そのまま腰を捻り筋を伸ばす。
腰痛持ちの牧野は、思った以上にいい声を上げてくれた。
司がそれを聞いて勘違いしたのは間違いない。
でもね、俺は謝らないからね。
少しぐらい苦しめ司も。
俺の大事な人を苦しめた罰だから。

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