滋の突拍子もない思いつきと、類の天然発言で実現した温泉旅行。
あの場にいなかった桜子と総二郎も合流しF4とF3の御一行は都内から車で一時間の隠れ屋的温泉地に到着した。
行きは車を出すと言った総二郎と類と俺の三人の車に別れてそれぞれ乗り合わせで行くことが決まり、もちろん牧野は滋と一緒に類の車に乗った。
そして、桜子は総二郎の車に。
あきらは俺と行くことになった。
車中、
「司、どうしたんだよ。
おまえが温泉に行きたいなんて珍しいな。」
あきらが開口一番聞いてくる。
「たまにはいいだろ。」
「…………佐々倉は連れてこなくていいのか?」
「ああ。」
それ以上黙る俺に
「おまえら、もしかしてうまくいってねぇのか?」
気遣うように聞いてくるあきら。
「…………近い内、あいつにきちんと話すつもりだ。」
「話すって、別れるってことかよ?」
「…………ああ。」
おれのその返事に、はぁーーー、と深い溜め息を漏らしたあきらは、
「嵐の前の静けさだな。
まぁ、おまえがそう決めたんならいいんじゃねーか。
正直、佐々倉と司じゃ恋人っていう雰囲気じゃなかったもんなっ。
なんつーか、同士っていうの?
ビジネスパートナーみたいな。
おまえが牧野のことを見つめてたような甘い雰囲気は感じられなかったよな…………あっ、わりぃ。」
記憶のない俺に牧野の話題を振るのは禁句だったからか、あきらがあわてて謝ってくる。
「いや、いい。」
なんとなく気まずい空気の中、あきらになら記憶のことを話そうかと迷ったが、聞いたあきらの方が戸惑うのは必須だ。
だけど、せめてこの事だけは聞いておきたい。
「なぁ、あきら。
類と……牧野はやっぱり付き合ってるのか?」
「ああ。俺も詳しいことは聞いてねぇけど、少なくとも類は本気だろうな。
牧野も類なら文句ねーだろ。」
「…………そうか。」
『類の彼女』
俺が散々そう呼んできたことなのに、今は胸が締め付けられるほど聞きたくねぇ言葉。
あいつが言ってた、『主人公の恋路を邪魔するやなやつ』は今となっては俺のことだ。
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温泉宿について、いざ部屋に入ろうとしたところで滋から、予約した部屋数は4つだと聞かされる。
「二人部屋だから、一人余っちゃうけど……。」
俺ら全員で7人だから、誰かは一人で部屋を使うことになる。
「俺、一人部屋。」
真っ先に総二郎が言ったところで、
「俺は牧野と。」
なに食わぬ顔で類が言う。
「ちょっと、花沢類、なに言ってんのよ。」
顔を赤くして言い返す牧野は照れてるようで気に食わねぇ。
そこで、
「俺ら男は2人ずつに別れようぜ。
あとはおまえらで好きなように使え。」
至極全うな意見を言って総二郎と類を黙らせたあきら。
結局、俺と総二郎。類とあきら。
といった部屋割りになって落ち着いた俺らは、夕食前に露天風呂を堪能し、お祭りコンビは相変わらず若い女を見かければ声をかけたりして時間が過ぎていった。
夕食は滋の計らいで広い部屋に7人分のお膳を運んでもらい取ることにしたのだが、事前に伝えてあった7時になっても類と牧野の姿が見えねぇ。
ゼミの課題があるからと一人部屋を希望したらしい牧野のことだ、温泉に入って気持ちよくなって眠っちまったか……。
「私、見てきます。」
桜子が席を立とうとしたが、
「俺が行く。類も呼んでくるついでに見てくるからおまえは座ってろ。」
桜子にそう言い残して俺が部屋を出た。
牧野の部屋の前に着くと、ドアが薄く開いている。
俺はそっと扉をあけ、中に声をかけようとした
その時、
聞きたくないものが耳に飛び込んできた。
「やっ、……花沢類……。
…………待って、もう少しゆっくり……。
んっ、や……それ以上は…………。」
自分の耳を疑ったが、確実にこの声は牧野のもので、そして、こんな声を出させてるのは…………どう考えても類しかいねぇ。
いくら俺でも、この状況で声をかけられるほど図太くねぇし、この場であいつのあんな声を聞き続けるほど強くねぇ。
静かに扉を閉めた俺は、そのままズルズルとその場にしゃがみこんだ。
ああ、確かこれって、どこかで見た光景だな。
そうか、あの日俺が牧野にした事と同じものを
俺は見ている訳か。
牧野にあずさとの密会を目撃させたあの日を思い出す。
でも、決定的に違うことがある。
それは、俺の場合は『振り』だということだ。
密会してる振りだった。
あずさの首もとに顔を埋めたのも、スカートの中に手を入れたのも、全部『振り』。
牧野に見せつけるためのお芝居でしかなかった。
それなのに、…………
どうして、俺たちこんな風になっちまったんだ。
俺の記憶が戻って、絡まった糸がほどけるどころか、ますます固く結ばれて身動きできない俺たち。
糸をほどきたいと思ってるのは、もう俺だけなのか。
それとも、もう、俺には糸を切ることしか残されていないのか…………。
なぁ、牧野。
おまえの糸は誰と繋がっている?

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