記憶というものは残酷だ。
この1年半、どんなに思い出そうとしても思い出せなかったことが一気によみがえり喜んだのも束の間、この1年半で自分がしてきたことも鮮明に記憶にあり、消そうと思っても消すことが出来ない。
牧野のことを綺麗に忘れてたように、牧野にした酷い仕打ちも綺麗になかったことのようにしてほしい。
何度そう願ったことか…………。
けど、今目の前にある光景が……現実。
いつもの大学のカフェテリア。
ほとんど顔を出すことがなかった俺なのに、最近は頻繁に立ち寄っている。
理由はもちろん、牧野に会うため。
今日も何かと理由をつけてあずさと別行動をしていた俺は、お昼を少し過ぎたこの時間にカフェテリアに顔を出した。
記憶を取り戻して10日、俺は密かに牧野の行動をチェックしてきた。
真面目なあいつは毎日欠かさず大学の講義を受け、そのあとも遅くまで校内の図書館で勉強をしている。
唯一、お昼のこの時間だけカフェテリアに顔を出し、経済学部の桜子や滋たちと休憩を取る。
そして、そこにはほとんどの確率で類も存在する。
今日も例外ではなく、カフェテリアの奥のスペースに滋と類と牧野が座っていた。
俺は平静を装ってやつらに近付き、空いてる椅子に腰かけた。
「わぉ!司、どうしたの?」
相変わらずハイテンションの滋。
「あきらと約束してる。」
嘘じゃねぇ。あきらから『最近調子はどうだ?』とメールが入ったことを口実にカフェテリアで会うやくそくをした。
「あきらくん?そーなんだ。
司も何か飲む?」
「……おう、紅茶を頼む。」
「りょーかい。つくしは?おかわりいる?」
滋が牧野にも聞いたところで、
「いい、俺が取ってくるよ。
牧野も紅茶でいいよね。」
類がすげー優しい声で牧野に話しかける。
それに、
「うん。」
少しはにかんで答える牧野。
知らねぇやつが見たら、どこからどう見てもアツアツのカップルにしか見えねぇ二人。
牧野は俺の出現に少し緊張してるようだが、隣の類はそうじゃねぇ。
まるで俺に喧嘩を売ってるかのように、牧野に執拗に触れたり声をかけたりする。
そんな類の態度は、今までもそうだったのかもしれねーけど、記憶を取り戻した俺にとって見るに耐えがたい光景だった。
ただ、ひたすら牧野に会いたい一心でここに来たはずなのに、この1年半の溝は深いことを知る。
そこにあきらがやって来た。
「みんな揃って珍しいな。
あー、すげー寒かった。急に冷えたな。」
コートの襟を立てて身震いして見せる。
「ほんと、今日は寒いよねー。
一気に冬に突入って感じ?」
滋があきらに話を合わせたところで、久しぶりに聞く類の天然発言が出た。
「温泉行きたいなー。」
ボソッと発した類のその発言は、普通ならスルーするところだが、
「行く?行っちゃう?温泉!
ね、みんなで行こうよっ。
滋ちゃんちの別荘にいい天然温泉があるのよ~。料理もおいしいし!行こう、ね、行こうよっ!」
大はしゃぎの滋。
「また急な話だなっ。」
「そうだよ、花沢類も本気で言ったわけじゃないでしょ。」
あきらと牧野がはしゃぐ滋に水をさすが、
「本気だよ。俺は行きたい。」
呑気な声で宣言する類。
行きたい、行こう、と話を進める滋と類に、
急すぎる、バイトがあるとなだめるあきらと牧野。
俺はそれをしばらく傍観したあと、口を開いた。
「行こうぜ、温泉。
俺も行きてぇー。」
まさか俺からそんな言葉が出るとは思ってなかった奴らは、一斉に俺の方に視線を向けて固まっている。
その静寂を破ったのは、いつものこいつ。
「やったぁーーー!!
多数決で決まりね。
じゃあ、さっそく滋ちゃん、予約してきまーす!」
どんな口実でも手段でも、使えるもんは使う。
まだ俺にチャンスがゼロじゃない限り。
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