限りなくゼロ 4

限りなくゼロ

類の言った通りかもしれねぇ。
たぶん、牧野はもう俺に会わねぇって決めたんだろう。
この1ヶ月、大学でも邸でもあいつの姿を見かけることはなかった。

この1年、牧野の存在自体が鬱陶しくてたまらなかった。
どんなに俺の前から消えろと思ったことか。
それが、現実となった今、俺は喜ぶというよりもほっとした気持ちが大きかった。

どこかでプレッシャーを感じてたのもしれねぇ。
事故で記憶をなくしてから、周りの奴らがそろって、ババァでさえも、牧野が俺の恋人だったと言ってきた。
俺にとっては見ず知らずの、はじめて会う女が彼女だと言われても、それを受け入れるほどお人好しでもねえ。

いつか、こいつとの記憶は戻るのか?
戻らなかったらどうなる?
記憶が戻らなくても、またこいつを好きになるのか?
そして、俺とこいつとの仲はどこまで進んでた?
将来を約束した仲なのか?
色々なことが俺の頭を支配してきた。

そんな迷路のような道からやっと解放されたのだ。
あいつが俺の前から消えたと言うことは、それを意味してるんだろう。
そうして、あいつが姿を見せなくなって1ヶ月が過ぎていった。

毎月、俺は決まった日に病院で検査を受けている。
事故での後遺症がないか最新鋭の医療危機を使い脳波の検査などをするため通っていた。

今日も大学の講義のあと、主治医のドクターと面談の約束があって病院に来ていた俺は、1階のロビーを横切りエレベーターホールへ向かう途中、視界の端に何か気になるものを捕らえた。

そこは、病院の中に入っているコンビニ。
大規模な病院だけあって、ひっきりなしに客が出入りしているが、その店の本のコーナーに知っている顔があった。

なんであいつがここにいる?

俺が捕らえた視界の先には1ヶ月ぶりに見る牧野の姿。
一瞬迷ったが、飲み物でも買っていくかと、自分に理由をつけて店の中に入った俺。
そして、チラッと本のコーナーに目を走らせた次の瞬間、俺の眉間に皺がよった。

「おまえなにしてんだよ。」

「っ!ど、道明寺!」

「なんでここにいる?」

「いや、……ちょっと。
…………とっ友達のお見舞い……かな。」

「その格好でかよ。」

「うっ…………うん。」

本のコーナーで雑誌を片手に立ち尽くす牧野は、カーディガンを羽織ってはいるが病衣だった。
そう入院患者が着てるあれだ。

「それ、買うのか?」

「…………へぇ?」

「雑誌だよ。」

「あっ、……うん。買おうと思ってたとこ。」

俺は牧野のその返事を聞くと同時に、こいつの手から雑誌を奪いとり缶コーヒーのコーナーに向かった。
そして、コーヒーを2つ手に取るとそのままレジで金を払った。

「行くぞっ」
俺は牧野に声をかけて店を出る。
牧野もゆっくりだが付いてきた。

いちばん近くのベンチが空いているのを見つけて俺はそこにドカッと座ると、牧野はそれを見て突っ立っている。

「座れよ。」

「いや、……いい。」

「いいから座れ。」

「い・や・だ。」

数メートルしか離れていない距離でじっと睨み合う俺ら。
それに痺れを切らした俺が、こいつの腕をとりベンチの方へ引っ張ると、

「っ、痛っ!」
顔を歪めて苦しそうに言う牧野。

俺はそれを見て慌てて手を離した。
「おまえ、どっか悪いのか?
なんで入院してるんだよ?」

牧野は俺の質問には無視したまま、ゆっくりとベンチに腰を下ろした。
「たいしたことないの。
…………ちょっと腰に持病があって、それで検査のため入院してるだけ。

……道明寺は、今日が検査日?」

「ああ。」

「そっかぁ。もう、1年だね。」

「おう。」

「あれから頭、痛んだりしてない?」

「ああ。痛くも痒くもねぇ。
事故があったのが嘘みたいだ。」

「そう、よかったね。」

不思議だが、記憶をなくしてからまともにこいつと話したことなんてないはずなのに、自然と言葉が出てきて、会話が続く。

「検査はいつまで?」

「今日で終わる。
事故から1年ってことだからよ。
でも、医者は俺の記憶が完璧に戻るまでは通えって言ってきてるけどな。」

「ふふっ……そうなんだ。
…………もう、いらないのにね。」

「あ?」

「…………もう、いいよ。」

周りの雑音にかき消されるぐらいの小さな声で牧野が言った。

「あ?」

「記憶……戻らなくてもいいよ。
あんたには必要のない記憶だったんだから。

あたしも……消したの。
あたしも道明寺との思い出は全部消した。
だから、あたしたちはなんの関係もない、もともと出会っていなかった二人ってことで。

ねっ、そうしよう。
無理に思い出そうなんて時間の無駄。
お互い、そろそろ先に進んだ方がいいのよ。

こうして話すのも今日で最後。
よかったー。ちゃんとお別れの挨拶ができて。

うん、…………じゃあ、行くねあたし。」

そう言って腰に手を当てながらゆっくり立ち上がった牧野は、俺に向けてスッと手を差し出してきた。

「お別れの握手。」
そう言って綺麗に笑う牧野につられて俺も手を出した。

牧野は俺の手をギュッと握り、
まっすぐ俺を見て、

「バイバイ道明寺」

そう言って1度も振り返らずに俺の視界から消えていった。

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