昨日、あんなことがあって、きっとあいつは誤解してる。
でも一日たって冷静になってみると、あれでよかったのかもしれないと思える。
酷い女だと思われてもいい。
すぐに新しい彼氏を作ったと軽蔑されてもいい。
悲しまれるより、憎まれた方がずっといい。
それなのに、今日もまた同じ時間に道明寺からメールがきた。
もうこないかもしれないと思ってた。
どんな非難めいた言葉が記されているかと、開くのが怖かった。
少し躊躇しながら開いたメールには、
「牧野。やっぱり俺はおまえがいい。
どうしても、俺じゃ無理か?」
いつもの独り言ではなく、はじめて疑問系だった。
それを読んであたしは呟いた。
「バカ。ほんとバカ。
人の話、全然聞かないんだから。」
次の日、仕事から帰ったあたしは、自分のマンションの前で目を疑った。
そこに立っていたのは、
秘書の西田さんだった。
道明寺がいるのでは……と思ってキョロキョロあたりを見回したが、いる気配はなくその様子に気付いた西田さんが、
「今日は一人です。」と言った。
「あのー……、どうして……」戸惑うあたしに、
「牧野様。今日、これから少しお時間頂けますでしょうか。折り入ってお話ししたいことがありまして。」
有無を言わせぬ雰囲気。
「はぁ、……はい。」
そうして連れてこられた場所は、名の知れたホテルのバー。
案内されるままに、カウンターに二人で並んで座った。
「…………あのぉ、西田さん?」
「愛しています。」
「…………えっ!はぁ?あのっ!」
「あっ、いえ。言い方を間違えました。」
「牧野様。司様は心からあなたを愛していらっしゃいます。」
「…………。」
「少し長くなりますが、私の話を聞いて頂けますでしょうか。」
真剣な西田さんの問いかけに頷くしかなかった。
「今、司様と牧野様がどのようなご関係にあるかは分かりませんが、もしも牧野様が司様のお気持ちを少しでも疑っていらっしゃるならば、それは間違いです。」
「どういうことですか?」
「NYでの6年間、私はずっと秘書の立場から、
司様を見てきましたが、あの方の心にはいつもあなたの存在がありました。」
「それは…………ないです。
だってあたしたち、ほとんど恋人らしいことは何も……」
「そこが、あの方の不器用なところです。
あんなに頭がきれて、優秀なのに、牧野様のことになると不器用で臆病な方です。
牧野様、司様がNYでどのように生活していたか、ご存知ですか?
司様は、日本にいるあなたがありもしない噂で絶対に悲しまないよう、女性との接触はたとえビジネスでも、神経質になるほど避けておられました。
この6年、一度も噂や写真が出ていないのは、司様があなたを大事に思っていた証拠です。
それに、3年前の牧野様に送られた誕生日プレゼントを覚えていらっしゃいますか?」
「……はい。たしか、香水を……。」
「そうです。
誕生日プレゼントは毎年必ず、自分で選んで買いたいとおっしゃいまして、何日もリサーチしてご自分でお店まで行かれてましたが、3年前に送られたあの香水は、牧野様のためだけに作らせた、司様のオリジナルです。」
「えぇっ、そうなんですか?」
「はい。今でもつけてらっしゃいますね?
においで分かります。」
「…………はい。でも、なんで西田さんが?」
「フッ。NYではオフィスも車の中も、ご自宅もあらゆるところがこの香りに包まれていました。
ご自分は違う香水をつけてらっしゃるのに、
生活する空間はすべてこの香水にするよう、
司様は指示を出しておりました。」
「…………。」
「ビジネスでもおなじです。
牧野様との4年の約束の事は聞いております。
いつだったか、珍しく司様が私に弱音を吐いたことがありまして…………。
4年の約束が果たせなかった理由はご存知でしょうか?」
「いいえ。……理由なんてあったんですか?」
「はい。司様はちょうどその時、新しい事業に取り組んでいらっしゃいました。
その事業とは、犯罪や貧困で両親を無くした子供たちを、様々な企業のバックアップで、生活支援をしていくというプロジェクトでして、それに司様も参加されていました。
そして、その施設の一つ、道明寺グループが設立したスクールがちょうどその頃完成間近だったのです。」
「そうだったんですか。」
「…………つくし、です。」
「えっ?」
「そのスクールの名が『TSUKUSHI』です。
司様が名付けて、楓さまも認めてらっしゃいました。
この事業だけは完成させて日本に帰りたいとおっしゃって……。
たぶん牧野様に完成を喜んで頂きたかったのではないかと。」
「……知りませんでした。」
「私は、司様を尊敬しております。
一回り、いや二回りも年が私の方が上ですが、仕事では常に完璧を求めて手を抜くことはありませんし、プライベートでは、ただひたすら一人の女性を想う、芯の強い男性です。」
そこまで話すと、西田さんの携帯が鳴り出した。
「失礼します」と言って出た西田さんは、
「予想しておりました。すぐにそちらに向かいます。」と話し、電話を切ると、
改めて私の方を向き、
「牧野様、もう一つ付き合って頂けますか?」
と、少し笑みを浮かべた。
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