バカな男 5

バカな男

姉ちゃんの電話を通してあいつの本音を知ってから俺はすぐに動いた。

まずは社長であるババァにアポをとる。同じNYの同じ会社にいながら、直接会うのは久しぶりかもしれねぇ。

電話でも会議でもなく直接オフィスに出向きたいと言った俺に、ババァは何かを感じ取ったらしく、仕事終わりの遅い時間を指定してきた。

約束の時間にババァのオフィスに行くと、デスクではなく、応接セットのソファに座り、ローテーブルに書類を広げ仕事中のようだ。

俺の存在に気付き、「ここに座って」と、正面を指す。
俺は言われたままにソファに座り、ババァが何かを言う前に切り出した。

「1年前の社長から言われた『提案』ですが、まだ有効ですか?」

「あなたこそ、もういいの?」

「はい。どうしても日本に戻りたいので。」

「フフフ。何かあったのね。
とうとう逃げられた?彼女に。」

「…………。」

「わかったわ。」

そう言ってローテーブルに広げられていた書類を俺の方に滑らせ、
「来月から日本支社を任せます。
準備は1年前から出来ているので、後はあなたのやる気次第だったの。
必要書類はすべてここにあります。
目を通して、来月はじめから日本に行けるように準備しなさい。」

俺はババァのその言葉を聞いて、肩の力が抜けた。

俺は1年前にババァからある「提案」をされた。
5年間NYでやってきた俺を、ババァは一応評価してくれたようで、日本支社を任せるから帰国しなさいと言われた。
そして、プライベートでも身を固めたらどうかと…………。

俺は心から嬉しかった。
仕事もプライベートも認められなかった過去がある俺に、その言葉は何よりの幸せだった。

でも、その時俺はNYで、ある新事業を手掛けていて、それがようやく道筋が見えはじめた時だった。
日本に帰って牧野と一緒になりたいという気持ちはあったが、その新事業は自分が始めたもので、途中で投げ出したくねぇ内容だった。
そのため、俺はババァの『提案』を蹴った。
ババァは少し驚いた顔をし、

「あなたが仕事を取るなんて、彼女の存在は大きいわね……。」
と、呟いたのを覚えている。

そして、俺は1年後の今日、その『提案』を受けたいとババァに頼んでいる。
『プライベートでも身を固める』という点は叶えられねぇかもしれないが、少しでも牧野の近くに行きたかった。

距離的にも、もちろん精神的にも。

来月から日本に移動することが決まり、残り日数は20日あまり。
仕事もそうだが、約6年使ったマンションの私物整理にも時間がかかった。

ダリィは相変わらず通院生活が必要のため、俺のマンションの近くに、姉ちゃんが新しいこじんまりしたとした部屋を借りたようで、ダリィも20日後に引っ越し予定だ。

そんなバタバタした生活の中、俺は何度も牧野とコンタクトを取ろうか迷った。
類や滋に聞けば、携帯ぐらいは聞き出せるかもしれねぇが、今の俺があいつに何を言っても、軽くきこえるだけだと自覚してる。

今はひたすら自分が出来ることをする。
あいつに会うために……。

数日後、マンションを整理してる俺のところに類がやってきた。
パーティーの日以来の俺らは少しぎこちないが、相変わらずのほほんとしてる類はそんな態度も見せず呑気だ。

寝室を整理してると、
「司~、勝手に入ったよ。」と、類が顔を出す。

「おう!びっくりさせるなっ。なんだよー。」

「ちょっと仕事でこっちに来たから、失恋して落ち込んでる司に会いに来た。」

「類、殺すぞ。」

「でも、意外に元気そうで、やだ。」

「うるせー。向こうに行くぞ。」
俺はそう言って、類をリビングに連れて行った。

リビングのソファに落ち着くと、ダリィが近くまで来て
「コーヒーでよろしいですか?」
と、聞いてくる。
「ああ。」と答えて、ダリィが部屋から出ようとした時、類がダリィに向かって
「あっ、俺、紅茶にして」と、話しかけた。

ダリィには聞こえてねえ。

もう一度、
「俺、紅茶がいいんだけど。」
と、類が言うのを、俺は手で制して立ち上がると、ダリィの側まで行きダリィの肩を軽く叩く。

ビクッとして振り向いたダリィに俺は
「類のは紅茶にしてくれ。」
そう言って、ソファに戻った。

その一連の流れを見ていた類が、
「司、…………もしかして……」

「ああ。ダリィは耳がほとんど聞こえてねぇ。
後天性のものらしい。1年半ぐらい前に突然発症して今は通院中だ。」

「はぁ……。おまえ、牧野はこのこと?」

「あ?病気の事は知らねえと思う。
女の声は聞き取り易いらしい。俺らみたいな男の低い声がほとんど聞こえなくて、近くで話さないと無理だ。」

「司……。おまえは肝心なことを言わなさすぎ。」

「なんだよ。」

「だって、誰だって誤解するよ。
近づいて、耳元で話しかけてるのを見せられたら。現に俺らだっておまえとあの子の仲を疑っただろ!」

「疑ったって。ありえねぇーだろ。」

「だから、ありえないと思ってるのは司だけなの。口に出さないと伝わらない事がたくさんあるんだよっ。それでまわりが悲しんでもいいの?」

「…………。」

「司の付けてる香水と、寝室の香水の香りが違うってことも、ちゃんと話してやれよ、牧野に。」

類はニヤリと笑って、ダリィの持ってきた紅茶を飲んだ。

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